
こんにちは、いちごのシニア通信局です。
新しい年が始まりましたね。
お正月になると、年齢に関係なく、どこか気持ちがあらたまるものです。
わたしもシニアの一人として、「今年はどんな一年になるだろう」と、自然と考えてしまいます。
今日は、新年の最初にぜひ書いておきたかった、
「一年の計は元旦にあり」という言葉についてのお話です。
子どもの頃、当たり前のように書かされた目標
子どもの頃、三学期の初めには、必ずと言っていいほど
「一年の計は元旦にあり」
という言葉とともに、目標を書かされました。
思い出される方も多いのはありませんか?
正直に言うと、
その意味を深く考えたことはありませんでした。
ことわざの一つぐらいにしか思っていませんでした。
「勉強をがんばる」
「忘れ物をしない」
今思えば、ずいぶん無難な目標です。
けれど、その言葉だけは、なぜかずっと心の片隅に残っていました。
清武町に勤務して知った、意外な事実

その言葉の生みの親が、
安井息軒だと知ったのは、
わたしが息軒の出身地である清武町に勤務したときでした。
実際は、教えられていたかもしれませんが、意識に上らなかったのでしょう。
「えっ、あの言葉が?」
「こんな身近なところに、そんな人がいたの?」
正直、驚きましたし、
同時に、こんな身近な偉人のことを知らずにいた自分に、
少し複雑な思いもわきました。
▼安井息軒のことが分かりやすくまとめてあります。
教育ネットひむか学
安井息軒の三計の教えに出会って

安井息軒には、三計の教えと呼ばれる有名な言葉があります。
一生の計は少壮にあり
一年の計は春にあり
一日の計は朝にあり
どれも、難しいことは言っていません。
でも、暮らしの中で考えると、
年を重ねるほど「なるほど」とうなずける言葉です。
特に、
「一年の計は春にあり」
この一文が、「一年の計は元旦にあり」という言葉につながっていると知ったとき、
長年ばらばらだった点と点が、すっと線で結ばれた気がしました。
シニアになって分かる、言葉の重み
若いころは、
目標=頑張ること
と思っていました。
でも、シニアになった今は、
・無理をしない
・続けられることを大切にする
・今日一日を気持ちよく終える
そんな計の立て方でいいのだと思えるようになりました。
「一年の計は元旦にあり」
それは、大きな目標を掲げるための言葉ではなく、
一年をどう過ごしたいか、静かに考えるための言葉なのだと、
今では感じています。
今では、少しは語れるようになった
あの頃は、意味も分からず書いていた言葉。
でも今では、
「安井息軒という人がいてね」と、
少しは語れるようになりました。
それは、知識が増えたというより、
自分の人生と重ねて話せるようになった、ということなのだと思います。
新しい年のはじまりに
新年の最初に、
あらためて「一年の計」を考える。
立派でなくていい。
人に自慢できなくてもいい。
今年は、
穏やかに。
健康を大切に。
そして、楽しみを忘れずに。
そんな計で、十分ではないでしょうか。
おわりに|言葉は、あとから育つ
子どもの頃に出会った言葉が、
何十年もたってから、
ようやく自分の中で育つ。
人生って、そういうものかもしれません。
「一年の計は元旦にあり」。
この言葉を生んだ安井息軒に、
少しだけ感謝しながら、
今年の一日一日を、大切に過ごしていきたいと思います。
さて、
今日の計は…
まずは、ゆっくりお茶を一杯、ですね。
▼安井息軒を取り上げた記事です。目を通していただくとうれしいです。
「安井息軒」1年の計は、元旦にあり! 江戸末期から明治、大正を生きた宮崎県の先覚者(6選ー①)

