父の27回忌を迎えて|無口な父の大きな心を思い出す

アイキャッチ画像は、AIを使って作成しました

こんにちは、いちごのシニア通信局です。

本日、父の27回忌を迎えました。弟夫婦とわたしたち夫婦の4人でお寺に参拝し、静かに手を合わせてきました。長男は県外に暮らしながら仏壇を守ってくれていて、それぞれの場所から父を偲んでいます。


本堂に漂う懐かしさ

何年ぶりかに訪れたお寺の本堂。受付には、子どもの頃から顔なじみの先代の住職さんの奥様がおられました。ご高齢でありながら、相変わらずお元気な笑顔で迎えてくださり、その姿に感動。懐かしさと安心感が一度に押し寄せてきました。

法要を執り行ってくださったのは副住職。参加者は多くはありませんでしたが、静かな中での読経に心が洗われるようでした。きっと父も「よく来たな」と微笑んでいたことでしょう。


車中で語り合う父の思い出

帰りの車の中では、自然と父の思い出話に。無口で多くを語らなかった父。でも、その大きな心で三人兄弟をしっかり育ててくれました。

「もっと親孝行できたのに」
そんな切なさも込み上げてきます。


父と母の人生を振り返って

父は75歳で旅立ちました。母は49歳という若さで、父よりずっと前に亡くなっています。20年以上も父は一人で過ごし、不器用ながらも孫たちを精いっぱいかわいがってくれました。

当時は寂しい思いをさせてしまったこともあったでしょう。今になって、その背中の大きさに気づかされます。


父の年齢を超えて分かること

いつの間にか、父の年齢を超えたわたし。若い頃には理解できなかった父の心情も、今なら少し分かる気がします。

「大変だったろうな」
「こんな気持ちで暮らしていたのかもしれない」

そんなふうに、父の人生を重ね合わせながら自分を振り返る時間でもありました。


シニア世代にとっての法要の意味

法要は、亡き人を偲ぶだけでなく、自分自身のこれまでを振り返る機会でもあるのだと感じます。心の中で会話をし、「ありがとう」を伝える時間。

シニアになった今だからこそ、その意味が深く心に沁みるのかもしれませんね。


✿みなさんは、ご両親やご先祖を思い出すとき、どんな気持ちになりますか?

プロフィール
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いちご

元校長、今、“バリバリのシニア女子!”
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「シニアの日常に、ひと粒のワクワクを!」
モットーは、“老いても笑えば、日がまた昇る”。
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