昭和30年代の運動会──家族と地域がひとつになった日

アイキャッチ画像は、AIを使って作成しました

こんにちは。いちごのシニア通信局です。

2学期は始まってもまだまだ暑い日が続いていますが、この時期になると思い出すのが、自分が子供の頃の運動会です。昭和30年代、戦後の日本が発展していくエネルギーで満ちていた頃です。

昭和30年代の運動会は地域の一大行事

昭和30年代の運動会は、子どもから大人まで地域全体で盛り上がる年に一度の大イベントでした。
今では、地球温暖化や熱中症リスクを避けるため、運動会が5月に行われるなど分散化の傾向があります。けれど、私たちが子どもの頃は10月初旬が定番。朝は冷え込みが強く、寒さに震えながら体操服に着替えるのがいやで仕方なかったのを覚えています。

速く走れると信じて、生卵を飲んでから登校したこともありました。女子は黒のブルマー姿で、徒競走やダンス、綱引きに出場。大人も地区対抗リレーに参加し、応援席からはタオルを振り回し、大声で声援を送りながら一緒に走り出す人までいて、会場全体が熱気に包まれていました。運動会は、まさに地域の大盛り上がりの場でした。

家族そろって味わう昼ごはんの楽しみ

運動会といえば、お昼のごはんも忘れられません。
わが家はいつも、おむすびが主役。おかずは定番の煮しめで、決して派手ではありませんでしたが、外で家族みんなで食べると格別においしく感じました。普段は農作業に追われていた両親が、この日ばかりは嬉しそうに笑っているのを見て、子ども心にとても温かい気持ちになったのを覚えています。

一年に一度の特別な帰り道

競技が終わって、家族そろって歩いて帰る道のりも特別な時間でした。
普段は忙しい両親や祖父母とゆっくり一緒に歩けるのは、この運動会の日くらい。小さな出来事ですが、一年に一度のうれしい行事として、今でも鮮明に思い出されます。

今の運動会との違い

コロナ禍以降は午前中で終わるコンパクトな運動会が定着してきました。時代の流れとして合理的ではありますが、昔のように一日をかけて地域や家族と時間を共有する運動会は、もう体験できない貴重な文化なのかもしれません。

シニアにとっての思い出の力

こうした運動会の思い出を振り返ることは、シニア世代にとって大きなメリットがあります。懐かしい記憶を思い出すことは脳を活性化させ、心を元気にしてくれます。また、「昔はこんなふうだったんだよ」と子や孫に話すことで、自然と会話が広がり、世代間の交流も深まります。

運動会の思い出は、単なる懐古ではなく、人生を支える「心の財産」。思い出すたびに胸に温かさがよみがえり、これからの日々を明るく照らしてくれるのです。

あなたの運動会の思い出は、どんなものですか?

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