
こんにちは。いちごのシニア通信局です。
今日は、私が小学校高学年の頃の夏休みの思い出をお話しします。
子どもでも一人前だった夏休みの手伝い

小学校高学年の頃、私の夏休みは「田の草取り」から始まりました。
農家にとっては、子どもでも一人前の働き手。大人は3連の草取り機を、子どもは1連を押したり引いたりしながら田んぼを進んでいきます。こうすると草が取れるのです。
けれども草取り機では「稗(ひえ)」が取れません。稲株と一体化しているため、田んぼにはいつくばり、素手で一本一本抜くしかないのです。米に稗が混じれば等級が下がるので、とても大事な仕事でした。
爪の間は泥だらけ、腰は痛い。それでも両親を見ていると愚痴も言えず働いたのを覚えています。
弟たちやほかの友達がうらやましかったですけどね
小川にざぶん!母と一緒でご褒美のよう
午前中の草取りが終わると、家の前の小川へ「ざぶん!」。
母と一緒に水をかけっこしながら泥だらけの服を洗い流すと、冷たい水が体を包み、汗も疲れも一気に吹き飛びます。いつも苦労している母が、この時は水遊びを楽しんでいるように見えて、子ども心にほっとしたことを思い出します。
昼ごはんを食べて昼寝をしたら、午後もまた草取り。そして夕方も「ざぶん!」。
遊びたい気持ちをぐっと抑えながらも、この時間は母と一緒で最高のご褒美でした。
今だから思うシニアでのメリット
あの頃は「大変だ」と思っていた草取りも、振り返れば親の役に立った満足感と「一人前に働いた」という誇りが残っています。
そして今になって思うのは――
- 泥にまみれて働いたことで、体力や忍耐力が自然と鍛えられていたこと
- 家族と一緒に作業することで、絆が深まったこと
- 汗を流した後の爽快感が、心身のリフレッシュになっていたこと
これらは今の私たちシニアにも通じる「生きる力」だったのではないでしょうか。
当時は農機具も発達していなかったからこそ、自然に体を使い、工夫を凝らし、みんなで支え合って暮らしていました。そんな原体験があるからこそ、今も日々を元気に過ごせているのだと思います。
青々とした田んぼの記憶
今では新米の季節もずいぶん早まりましたが、私の子ども時代の夏休みは、青々とした稲が一面に広がる風景とともにあります。
田んぼでの草取りと小川にざぶん――。
今でも、田んぼの横を通ると、青々した中に濃いみどりの稗を見つけると、あの頃の夏休みを思い出します。そして田んぼの持ち主の困った顔が浮かぶのです。
苦労の思い出も、今ではシニアの私にとって「健康のありがたさ」「家族の絆」「生きる知恵」を教えてくれた、かけがえのない夏の記憶です。

