昔話は宝物!孫に話したくなる懐かしい昭和の夏休みの思い出

こんにちは。シニアの毎日を応援したい、いちごです。

みなさん、子どものころの「夏休み」、覚えていますか?
ラジオ体操のハンコ、川遊び、登校日…。
わたしの胸に今でも鮮やかによみがえるのは、あの昭和の夏の光景です。

暑いといってもクーラーなんてなくて、うちわで十分。
遠くに出かけなくても、家の近くに「宝物の時間」があふれていたんですよね。
今回は、そんな懐かしい夏の思い出を、孫にも伝えたいという気持ちで綴ってみました。


ラジオ体操が「夏の朝のしるし」だった

夏休みの朝、わたしは6時半前になると弟と競争をしながら神社へと駆けて行きました
もちろん、ラジオ体操に間に合うように。
カードにハンコを押してもらうのが、なぜかものすごくうれしくかったです。
眠たい目をこすりながらも、毎朝せっせと通ったものです。

体操が終わると、走って家に戻って朝ごはん。
朝食は、みそ汁とメザシの干物、漬物、それでもおいしかった記憶があります。

そしてその後は、ちゃんと「勉強の時間」。
10時までは外出禁止という学校のルールがあって、机に向かうのが習慣でした。
ゲームもスマホもない時代でしたが、不思議と退屈はしませんでしたね。


用水路が、わたしたちのプールだった

午前10時を過ぎると、わたしたちの本当の「冒険」が始まります。
近くの幅3メートルほどの用水路が、みんなの遊び場でした。
川は、6年生でも胸ぐらいの深さ、澄んだ水が満々と流れていました。
小学生はもちろん、中学生の姿もちらほら。

大人たちは周囲の田んぼで働いていて、子どもたちを温かく見守ってくれていました
危ないことがあると、すぐに駆けつけてくれる安心感。
飛び込んだり、水の中で追いかけっこをしたり、潜ったり。
午前も午後も、時間を忘れるくらい夢中でした。

服のまま水に入って叱られることもありましたが、それもまた愛おしい思い出です。


登校日が、夏の小さなイベントだった

月に3回だけある「登校日」も楽しみのひとつ。
1日、11日、21日。
ランドセルじゃなく手提げバッグ、中には「夏休みの友」、久しぶりに友だちと会えるのが何よりうれしかったです。

先生に宿題の進み具合を聞かれるのはちょっとドキドキでしたが、
「わたし、ここまで終わったよ!」なんて会話が励みになりました。

そして帰り道には、友だちと午後の遊びの約束をして。
日常のなかのちいさなイベントが、とても特別に感じられたんですね。


うちわで涼む「ちょうどよい夏」

いまのように猛暑日なんてなくて、25度くらいでも「今日は暑いね」と感じていました。
クーラーもない家で、うちわをパタパタ仰いで、すいかをほおばる。
夜寝るときは蚊帳の中、うちわであおいでいるうちにいつの間にか眠ってしまう。

遠出をすることもなく、旅行の予定もない、だけど毎日がキラキラしていた夏休み
あのころの生活は、シンプルだけれど、心が豊かだったと思います。


まとめ:思い出は心の宝物。孫にも伝えたい夏の記憶

今の子どもたちの夏は、便利で、にぎやかで、情報にあふれています。
でも、わたしたちの昭和の夏も、心と体がのびのび育つ季節でした

外で思いきり遊び、地域に見守られ、友だちと笑い合う。
そんな時間は、人生の宝物。
孫たちにも「こんな時代があったんだよ」と伝えたくなるような、愛おしい記憶です。

もしこの記事が、読んでくださった方の心にも懐かしい風を運べたらうれしいです。
そして、これからの毎日が、また新しい「思い出」で満たされますように。

プロフィール
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いちご

元校長、今、“バリバリのシニア女子!”
人生は「一期一会」!
今は、校則も時間割もない毎日を満喫しながら、ブログに挑戦!
笑って転んでまた笑う。人生の通信簿に『ワクワク賞』がもらえたらうれしいな。
「シニアの日常に、ひと粒のワクワクを!」
モットーは、“老いても笑えば、日がまた昇る”。
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